2019年9月15日日曜日

形を変え、やり方を変えて存続する

 



 会社にとって経営理念というのは、やっぱり大事だと常々、痛感するのだが、多くの場合、そのほとんどが社員に伝わらず、逆に崇高過ぎる目標を掲げすぎて、会社が成熟する前から、人を育てる使命感に燃えてしまい、いつしか企業理念という幻想に、自分自身が、絶対の憧れをもってその熱にうなされているのだと知り、心打ちひしがれるがごとく、自暴自棄に、創業当時の思いを放棄したりするのは、未熟な経営者にはありがちである。ご多分にもれず、自分もまたそれに幾度となく、直面してきた。残念ながら、正しいと思ったことが、常に自分の想像する形にアウトプットされないという現実を受け入れるべき時があるのである。

理想は理想として、しかしまずは会社に利益を残し、会社が存続することを優先しなければ、社会貢献の前に会社が消えて無くなるのでは本末転倒だ。どうやって働く人の待遇をよくしつつ、社会にも受け入れてもらえて、会社にお金が残るように経営するか?これを考えるたび、禅問答となって、もはや現実的とは思えないと結論に至ってしまうのだが、重要なことは、会社が儲けるというのは、続けるための前提なんだということを、忘れてはいけないと思う。儲けがないと次への投資ができないから、会社は続かないのである。情熱や綺麗事だけで続くものではないと、10年の歳月で改めて再認識している。

人生というのは本当に不思議なものだ。そして自分の思うようにならない。若い頃は、すべては自分の想い通りにコントロールできると勘違いをするのだが、さすがに50を前にすると、それがいかに非現実的かを思い知るにあまりある。自分では、うまく立ち回ったつもりが、自分の理想とは懸け離れた人生を歩むこともあるだろう。しかしそれも自分の人生。受け入れる以外に術はない。今の自分は過去の自分が選択した結果として存在しており、自分がこれまで歩んだ人生で作り上げたものだ。誰の責任でもなく自分の責任。ゆえに後悔しない生き方をすべきだと先人たちは力説する。しかし、それができれば、ここまで悩むこともなかろうというものだ。

この文章を書いている、2019年9月14日の今、私はアムステルダムにいる。今週はマイルランテックのビジネスにほとんど触れることができなかった。大事なセミナーがあること。海外からのお客さんがあること、会社の運営、売上に対する責任など、自分がやらねばという強い思いを持ちつつも、この3年の間、自分の会社に関わることが少なかった。しかし、写真のように、社長なしでも、会社はしっかりと一つのチームになり、無事にセミナーも終わったようだ。実は悲しい現実かもしれないが、この社員だけで会社がうまく運営されている状態が理想の形なのだ。自分はあくまで脇役で、嫌われ役であり、その中心にいないことが、社員にとっても幸せなのかもしれない。

人がどんどん離れ、入れ替わりながらも、会社は続けることができる。一時の苦痛はやがて消え、また新しく会社は変化していく。諦めさえしなければ、これを繰り返して、新しい形へと変化していくことで、それぞれの時代で価値を生み出し続けることができる。
どんなに皆が悪く言おうが、価値を生み出し提供することで会社は存在し続ける。そしてどう悪く言われようが、自分はこの会社を作り上げ、今後もうまく、この会社を存続させ続けてやろうと強く決意する。



2019年9月14日土曜日

スタートライン















 9月に入り、少し涼しい空気になっているGenkの街で、この1週間の業務がおわり、土曜日の今日は、これからアムステルダムへ移動することになっている。
グローバル企業を目指すLuminexというベルギー企業において、Subsidiary Companyの社長、つまりはカントリーマネージャーを任せてもらえるのは、自分にとっては奇跡のようなものだと常々、思っている。

そして、会社が成長するに従い、人も増えて、自分の役割も大きく変化していくこと、来年には50になる自分自身も、この仕事を続けるのであれば、さらに能力を高める必要があるのだという事を最近、強く感じる。しかしながら、私は自分の会社のオーナーでもあり、社長でもある。しかも両社はともに同じような産業で働いてきた。これがこの数年間、歪みとなって、私を苦しめ続けたと自分は考えている。 しかしおそらく、それもようやく終わる

 2019年の8月、以前から計画して通り、LuminexJapanが、私の会社マイルランテックのオフィスから出て、新しいオフィスへ引っ越しをした。互いの共存関係が終わり、異なる道に進むことになった2つの組織は、それぞれに独立した道を歩むのである。これは新しいスタートラインとも言える。後年、この時期を振り返った時、間違いなく、マイルランテックとして、やっと重荷が取れた印象として残っているのじゃないだろうか?

12年の間、十二分にマイルランテックは、Luminexに貢献してきたし、もちろんその見返りとなる恩恵も受けてきた。しかし最後の2年あまりは、まさに身を削ってまで、支えたと言えるだろう。最後はぼろぼろになって、悲惨な状況だったと自分は感じている。あの当時に働いてくれた人、そして去っていった社員には、心から迷惑をかけたねと、謝りたい気持ちになる。自分でもなぜ、そこまでしてLuminexを支えたのか?使命感なのか?本当にベルギーの社長に感謝し、何かを返したかったのか?今では、遠い記憶の深みに埋没して、思い起こせるものが何もない。

今年、マイルランテックは、Luminexビジネスだけでなく、 劇場のビジネスも舞台照明のビジネスもすべて破壊した。これまで築き上げた価値を自ら放棄したのだ。それを持って、Luminexとの関係を断ち切り、新たな価値創造へ向き合ったのである。そのためには、いつまでもマイルランテックのミルクを吸い続ける子どものようなLuminexJapanをそばに置いておくわけにはいかない。2つのオフィスを分ける決断は、必然だった。

これにより、2つの会社の交流を断ち切り、連綿と続く社長への批判などの負の連鎖も断ち切りたかった。その後に、新しい社員を獲得することで、皆がニュートラルな感性でスタートラインに立てる。また、私自身、2つの会社で社長業を行う上でも、同一の業種では、利益相反が起きてしまい、常に判断が揺れることになる。今もそうだが、Luminexサイドに立つ視点と、マイルサイドに立つ視点で、自分の表現も考えも大きく変わる。この状況が常にストレスであり、正常な判断を阻害する要因でもあった。

こうしたストレスと混乱を除去するために、この決断に至ったが、今、こうして新しいスタートラインに立ち、Newマイルランテックとして、これからようやく新しいビジネスに向かうことができる安堵感を感じるとともに、オフィスには純粋に新しいマインドで入社した社員もいる。新しいメンバーで、マイルランテックだけのオフィスで、新しい世界を創っていける。これこそまさに新しい時代の幕開けになることを確信しています。