2021年8月25日水曜日

舞台との出会い。そして別れ

 

 今から20年以上前、照明オペレーターとして参加した演劇の1シーンを思い起こすとき、自分の原点とも言える当時感じた感動を非常に明確に思い起こすことができる。

その劇中、主人公が一人残され、夫を死に追いやった自責の念に駆られながら同時に大事なパートナーを失った喪失感により、感情的になるシーン。唯一自分の理解者であり、自分を尊重し、愛してくれる人物が目の前で失われる残酷さ、そしてその愛する人が彼女と結婚してからも思い悩んでいた事、詩(歌)をつくることで、彼女の生まれ育った国(世界)の文化を理解したいという思いが、皮肉にも死ぬ間際に結実する。

”男”は崖から落ちたあとの川の中で、彼女を思う気持ちを歌にしてよみあげ、気づくのだ。いま、ようやく自分の心から湧き起こる感情で詩(唄)が生まれた。これでようやく、自分も"人"になれたと感じると同時に、自分が死んだ後の妻を誰が守るのか?障害のある彼女を理解し、守れるのは自分しかいないのにと、主人公の彼は、その詩を唄いながら無念を噛み締めて、波間へと消えていく。残された ”彼女” は、彼の思いを強く感じるからこそ、押しよせる激しい悲しみに打ちひしがれての激しい叫び、その後の静寂。。孤独な想いをつづる彼女の悲しい唄が一人ぼっちの舞台を虚しくさまよう。そういう劇的なシーンだった。

当時、どこにでもある中学校の体育館に作られた仮設舞台を前に、その演劇のシーンに、子供たちが息をのみ、心震える悲哀のシーンによって、静寂に支配された空気が、それぞれの感情で美しく色鮮やかに染まる様を目の当たりにした私は、舞台芸術の力に衝撃を感じたことを、強く記憶している。それこそが私に舞台産業との関わりを継続させたただ1つの理由だ。素直に舞台に感動したのだ。

それはオペラという芸術により、小さな村で起こる悲劇を、”さる”と人間という2つの世界を比喩に、差別という人間の醜い行為がいかに醜悪で、人間はそれを克服できるはずだと。しかし現実世界はそれを否定し、我々は黄泉の世界でしか、平等を認め合えないのだろうか?という深いテーマを子供達に投げかけた文化事業だった。作曲家の三木稔氏によるアジアの楽器だけでオーケストラを形成したアンサンブルもまた美しいオペレッタスタイルのお芝居だった。

うたよみざる 

田舎の中学校などを劇団が訪問し行う舞台芸術鑑賞事業は、遠い記憶をたどると、田舎育ちの私も同様に体験した記憶がある。確かに当時、私も初めての観劇は、こうした演劇鑑賞教室だったように思う。当時、芸術劇場などの施設は、田舎にはまだ多くはなかった。おそらく当時の文化庁もまた、それを差別撤廃、特に同和教育を行う上で1つの強い影響力として選択したのだろうと想像する。しかし、それを日々のルーティンワークとして行っていた若き日の自分には、この仕事がどれだけ重要な意味を持つかを知る術はなかった。しかし、先の劇的なシーンに感動した子供たちが涙する姿を目にしたことで、自分の中で、何かが弾け、そのことが私の人生も変え、今に至るのだ。

仕事というのは、強い衝動、目的意識があるべきだと思う。お金のために、利益のために働くというだけでは長く継続など、できはしない。私は劇場や舞台芸術に関わりたかったのだ。やはり文化に関わる仕事、人を感動させる仕事はおもしろい。可能ならいつまでも関わっていたいと強くそう思った。

たとえ舞台に直接関わることをやめてから、もう長い年月が経ち、特に自分の会社を設立してからの15年間、輸入卸という業態で劇場のネットワークシステムの提供という、芸術からは程遠い技術的な仕事だとしても、そこに関われることは、先の演劇のシーンで感じた感動を提供する人たちが働く場所に貢献しているというだけで、誇らしい気持ちになれた。昔、フランスのオペラガルニエを訪問したときにも、そこで働く人たちは、たとえ清掃の仕事でもオペラガルニエで働いているという誇りをもてると聞いた時に、同じく私も劇場や舞台に関われれることは、文化に貢献しているんだと自分に言い聞かせていた。

今、私は2019年から始まる業態変更の最中にいる。2020年に始まった世界の大変化の時代になり、自分の人生も大きく変化したと思う。どこかで終止符を打つべきであった事、年齢的にも自分の現在の立場においても、結果的に多くを失い、孤立してしまったことなどを考えると、2020年の大変化の号砲は、自分にとっての人生のリセットタイミングであったかもしれない。今まさに舞台産業への関わりという1つの時代が終わり、新たな道を歩むべきところに来たのだろう。今はただ、ありがとうと舞台産業にお礼をいいたい。そして私をすばらしい世界に導いてくれた照明デザイナーの高山氏に心から感謝の気持ちを捧げ、私は新たな目標へ向けて歩んでいく決意をしたい。この文章を書きながら自分を育ててくれた舞台産業との別れを明確に意識し区切りとしよう。

新しい世界、それは自然との調和を目指した世界、人と社会に貢献する事。どうやれば自分が社会に役立つだろうか?常に自問自答している。会社の規模や組織などどうでもよいし、業界内での自分の立場や人からどう見られるかなど、ほんとうにくだらないこと。自分を憎む、悪く言うような人々と無理して関わる必要などない。ときに人間関係はリセットするタイミングがあっても良いと自分は思う。仕事も同様に、いやなら続ける必要などない。いまは自分の幸せを追求し、自分が役に立つ場所、求められる場所へ向かうときだと思う。


 

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